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手術後3年目

8月23日で、胃がんの手術後満3年になりました。
沢山の人々から「3年過ぎると楽なりますよ」と励まされて、ようやくたどり着いた感じです。
たしかに色々な症状は軽くなっている気がしますが、体調は十分とは言えず、何となく引っ込み思案になってしまうのが悩みの種です。
詳しいことは「胃がんになった!」のページに載せるつもりですので、UPしたらお知らせします。

昨夜は、満3年を無事に迎えたことを祝って、周&圭一家と夕食会をしてもらいました。

夕食会

13年前に心臓の手術を受けた時には、こんなに長生きできるとは思っていなかったので、感無量ですね。
これから先どの位生きていられるのかは分かりませんが、生きている間はこの生活を楽しんでいきたいと思っています。
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theme : 日々のつれづれ
genre : 日記

終戦記念日

今日は、64回目の終戦記念日です。
昭和20年のこの日は、岩手県の水沢に疎開していました。
全国的にそうだったようですが、とても暑い日でした。
午後0時になると、近所の人数人と祖母と母とが茶の間に集まって、ラジオの前に正座していました。
私は小学2年でしたが、なんだか訳が分からず、3歳の弟と庭で遊んでいました。
間もなく雑音の激しい放送が始まり、大人達は首を垂れて聞いていました。
放送が終わると、みんなが放心したような顔をして、しばらくは動きませんでした。
「どうしたの?」と母に聞くと、「戦争が終わったんだよ」という答えが返ってきました。
その答えを聞いて最初に浮かんだのは、「東京の家に帰れるんだ」ということでした。
水沢に疎開したのは、母方の遠い親戚の紹介だったようですが、知り合いは全く居ませんでした。
父は会社(精工舎)が仙台に疎開していた為にそちらに行っていたので、祖母も母も食料集めやその他の色々な面で、大分苦労したようです。
3月までは東京にいたので、4月から水沢小学校に通い始めたのですが、ご多分に漏れず、上履きを隠されたり、ランドセルをひっくり返されたりなどの軽いいじめに遭いました。
やはり都会からやって来た子どもは、どこか受け入れられないところがあるんでしょうね。
それでも、地元の子ども達と果樹園で遊んだりした記憶があるので、全く疎外されていたわではなかったのだと思います。
葛飾の家は戦災に遭わなかったので、9月の末には東京へ戻りました。
若い頃は水沢へ行ってみたいという気持ちにはなりませんでしたが、近頃はあの小学校はどうなっているんだろうなどと考えることもあります。
それだけ、いやな記憶が薄らいだと言うことなんでしょうね。
戦争をしてはいけないという気持ちは、しっかりと持っていなければならないと思うのですが・・・

theme : ひとりごとのようなもの
genre : 日記

ホスピスの夏祭り

昨日、2週間ごとの外来診療のため、郡山の坪井病院へ行ってきました。
なにしろ27年間も勤務していましたので、診察に来られる患者さんは、10年以上のお付き合いの方ばかりです。
しかもお年を召された方が多いものですから、診療と言うよりは茶飲み話的な雰囲気になってしまいます。
それでも「先生、私より先に死んじゃだめだよ」と言ってくれるので、出来る限り頑張るつもりでいるのですが・・・

昼休みにホスピスに行ったところ、ちょうど「夏祭り」で流しそうめんをやっていました。患者さんもご家族の方々も、おいしそうに食べていました。

ホスピスの夏祭り

満腹になったところで、ボランティアの皆さんのフラダンスが始まりました。中にはダンスに合わせて腕を振る患者さんもいて、とても楽しそうな雰囲気でした。
久し振りにホスピスの行事に出会って、勤務していた頃に戻ったような気持ちになりました。

theme : 医療・病気・治療
genre : 心と身体

裁判員制度スタート

昨日東京地裁で、日本初の「裁判員裁判」が行われました。
事件は、近所の女性(66歳)を刺殺したとして、77歳の無職男性が起訴されたもので、被告は起訴内容を認めており、裁判の主な争点は殺意がどの程度であったかを判断し、刑の重さを決めることが求められています。

裁判員の選任手続きでは、候補者100人の内45人が書面審査で辞退が認められ、49人が呼び出されましたが、当日無断欠席したのは2人でした。この2人は、無断欠席すると10万円以下の過料が科されることを知っていたのでしょうか。
結局47人の候補者の中から抽選で6人の裁判員(内5人が女性)と3人の補助裁判員(全員男性)が選ばれ、裁判が開始されました。

裁判所内部

初めに検察官の冒頭陳述が行われ、次いで弁護士の冒頭陳述が行われました。どちらも分かり易い言葉を使って行われたようで、裁判を傍聴した人も、TV局のインタビューに「よく理解できた」と答えていました。
ただ、遺体の写真などでは、モニターの画面から目をそらす裁判員もいたそうです。
最後に犯行現場を目撃した近所の証人への尋問が行われ、この日の法廷は閉廷されました。

裁判を傍聴した人たちは、皆さんが分かり易い裁判だったと感じていたようでした。
同じく裁判を傍聴した弁護士で現在「さわやか福祉財団理事長」を務める堀田力さん(元最高検察庁判事で、東京地検特捜部在籍中に「ロッキード事件」を担当した)は、NHKのインタビューに「これまでの分かり難い裁判が、本当の裁判に生まれ変わった」と述べていました。
また、傍聴した人の一人は、「自分は裁判員に選ばれたくないという気持ちと、選ばれたらしっかりと勤めを果たしたいという気持ちが半々です」と答えていました。
私自身もこの人と同じ気持ちですが、いざ裁判員の候補者に選ばれたとすると、年齢や現在の体調を理由に辞退するかも知れません。
どのように対応するかは、いつも考えておかないといけないのかも知れませんね。

theme : ニュース・社会
genre : ニュース

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